今日の夕方もツイキャスで三宅洋平の演説を聴いた。
もう何回も聴いてりゃ言ってる事は同じような内容なんだけど、不思議と何度でも聴きたくなる三宅洋平の声。
ノリのいいアガる曲をヘヴィロテしてるようなもんか。
腹話術人形みたいな安部さんの演説は5分ともたないのに、三宅洋平の声なら5時間でも平気で聴ける。
それはきっと安部さんみたいに原稿丸読みじゃなく、その時その場で感じたこと、常に心の中で想っていること、聴かせる側と聴く側でセッションするような、人間が人間らしく人間の言葉で語りかけているからかもしれない。
安部さんの言葉は全然頭に入らないんだよね。
でも三宅洋平の声は心を震わせる。
今回ばかりは東京に住んでる人が羨ましいよ。
だって歴史のワンシーンに直接関われるんだもん。
「2016年の夏、三宅洋平が初当選した時、オレはアイツに一票入れたんだぜ」
そんなの言ってみたい。
三宅洋平を国会に送り込めば何かが変わる、そうかもしれないし違うかもしれない。
表現するのが難しいんだけど、三宅洋平一人が何かをしてくれると言うより、三宅洋平と一緒にオレたちで変えていける、そんな希望。
彼の言葉を聴いているとそんな高揚を感じるのかも。
ウチの子どもは高3と中2。そろそろ将来のビジョンを具体的に見ていく頃。将来何になりたい?どんな仕事をしたい?聞いてもあまりハッキリとしたビジョンは聞けない。
じゃあもし自分が今の子どもたちのポジションだったら・・・・・なんか、あまり明るい未来を描ける気がしないね。
自分が子どもだった頃、そんなに未来が明るく見えてたかって言えばそうでもない、と言うかあんまり考えてもいなかったように思うんだけど、頑張ったヤツは頑張ったなりに、あんまり頑張らなかったヤツでもそれなりに生きていけるような、なんとなくそんなソフトなイメージがあったように思う。でも今は、頑張っても報われない、頑張らなかったら一生底辺、みたいなすごく行き辛さみたいなのを感じる。
雇用が増えたと言ってもそのほとんどが非正規だったり、所得が増えたと言っても一部の上場企業だけだったり、税金は上がるのに福祉は削られたり、これで子どもたちに明るい未来のビジョンを描けと言ってもそりゃムリって話。
子どもが希望を持てない国が幸せになんてなれっこないよ。
そんな先行きの暗い世の中も、三宅洋平のようなピースフルな男が国会に入ることで、自分たちで自分たちの暮らしやすい国に、子どもたちが少しでも夢を持てる社会に変えていけるような、そんな希望を彼に感じる。
この夏、その突破口が開くことを祈ります。