ちょっと前に、あるコンサルタントを名乗る方の記事で、
「原発は危険だ危険だと言い続けて来た人にとっては、原発事故で健康被害が起きてもらわないと自分が嘘をついたことになるので都合が悪いため、明るいニュースを喜ばない」
なんてことが書かれていました。
いつもウソばかりついてるオオカミ少年はやがて実際の悲劇を望むようになる、ということなんだそうです。
どうなんでしょ、これ。
私はすごーく違和感を持ちました。
いや、中にはそういう人もいるかもしれない。
考え方は人それぞれなんで、自分と違う価値観に対して「それはおかしい」ってことは言いません。
でも、原発や被曝に対して危惧してる人をオオカミ少年と一括りにするのには「おいおい、ちょっと待てよ」となります。
2年前の原発事故によって何が起こるのか、私にはわかりません。
既に起こってるそれが原因と疑われる事案も実際にそれか原因かどうかの立証もできない。
安全か危険かわからないから、少なくとも安全か危険かがわかるまでは極力避ける。
それが私の今のスタンス。
実際のところ、チェルノブイリの例を見れば何も起きないわけがないと思ってるので、このコンサルさんに言わせれば私もオオカミ少年の一人ということにはなるんでしょう。
でも、だからと言って「この先たくさんの人が被曝で健康を害すればいい」なんて1μSvも思いません。
私だけでなく、被曝による影響を恐れている人のほとんどはそうだと思います。
かつて、新潟市での震災瓦礫受入問題が起きた時に多くのお父さん・お母さん方、福島や山形、関東から避難してきた方の声を聞きましたが、誰一人そんなこと考えてる人はいませんでした。特に避難されてきた方は被曝によると思われる子どもたちに起きた健康被害を涙ながらに語り、自分の子どもと同じようなことが起きてほしくない、避難した先で同じ過ちが起きてほしくない、そう願っていたと思います。
誰も悲劇なんて望んでない。
悲劇が起こる可能性があるから、一人でも多くの方がその悲劇に見舞われないことを望んでいるんです。
だから無用な被曝は避けるべきだと声を上げる。
たとえオオカミ少年と呼ばれようとも。
事故から5年経っても10年経ってもなーんの健康被害も起きなかったら私は素直に謝りますよ。
「あの時大騒ぎしてすみませんでした」と。
謝りたくないから何か起これなんてもちろん思いません。
何も起きなかったらこれほど喜ばしいことはないですもん。
最近はこのブログでも放射能絡みの記事を書くことが少なくなりました。
正直、かなり諦めモードに入っちゃってるんですよね。
今日で震災から2年3ヶ月。
この27ヶ月をどのように過ごしたかによって、もうこの先の運命は決まっちゃってるんじゃないか、今さら被曝防御や避難をしたって無意味じゃないか、叩かれてまで声を上げたって無駄じゃないか、そんなことを思うことが度々あります。
前にも「いくら言っても変わらない人は変わらないんだからブログで書くのやめたら」みたいなことを言われたこともありました。
言われるまでもなく、そんなこと自分でもわかっちゃいたんです、ずいぶん前から。
さして読む人もいないブログで何か変えられるのかって言われりゃ変わらないですよ、そんなもん。
じゃあどうして書いてたかって、私の力じゃ万単位の人を動かすことはできないにしても、私に近い人たちのうちの一人だけでもちょっと食べ物に気をつけるとか、行く先を考えるとか、もしかしたらそれくらいのことはできるかも・・・って。
ま、結果的に一人でもちょっと気をつけるようになったってことすらできてなかったみたいですけど。
あとは祈るくらいしかできない。
この先、何も起きないことを願います。
謝って済むんですか? 謝れば全部帳消しになるんですか?
それは健康被害が一切起きなかった場合の話ですよね。
逆だった場合はどうするんでしょう?
危険でなかったモノ、場所、行為に対しての責任ですよ。
沢山言ってるじゃないですか?
危険でなかったとおっしゃるモノ等が本当に危険でなかったと言い切るのはまだ早いんじゃないですか?
チェルノでも健康被害が表面化したのは5年以上経ってからと言いますし、シロかクロかわからないからそれくらいの期間は注意した方がいいんじゃないかと言ってるのです。
仰ってることはわかりますが、質問の答えにはなっておりません。
5年、10年の間、不当な扱いを受け続けた人に対して、「ごめん、大丈夫だったみたいだね、だってわからなかったからしょうがないよね・・」では済まないと思っています。
表現・言論の自由は制約を受けるべきではありませんが、それに対する責任は持たないといけないと考えます。
>逆だった場合はどうするんでしょう?
当然、東電、あるいは国が責任を負うでしょう。
謝って全てが帳消しになるとは思ってません。
しかし間違っていたのなら謝るべきだし、それで許してもらえなかったとしてもひたすら謝るしかありません。
自分の言動には責任持ちますよ。
逆だった場合には東電あるいは国が責任を負うと言いますが、その時、被曝の危険性を訴えていた人を糾弾してた方々は何の責任もないのでしょうか。
場合によっては生命にかかわることで、それこそ謝って済む話じゃないと思いますが。
>謝って全てが帳消しになるとは思ってません。
しかし間違っていたのなら謝るべきだし、それで許してもらえなかったとしてもひたすら謝るしかありません。
同じ意見じゃないんでしょうか?
なら、シロかクロかわからない現状でいくら話しても着地点はそこまでじゃないかと。
現時点で風評により困窮している人、自ら命を絶っている人がいる中、専門家でも先のわからない現状で、どのような意味、責任で謝罪という言葉を使っているのか知りたかっただけです。
長々と失礼いたしました。
逆に私は「専門家でも先のわからない現状」でなぜ「危険でなかったモノ、場所、行為」が危険でなかったと言えるのかが知りたいです。
私のように危険かもしれないと思ってる人でも安心できるようなソースがあるなら、そういう情報こそ積極的に開示していってほしいです。
読解されてないようなので・・・
現時点で危険でなかったとは言ってません、5年後、10年後に危険だと言われたのに安全だった事象に対しての話しですよね。
〉私のように危険かもしれないと思ってる人でも安心できるようなソースがあるなら、そういう情報こそ積極的に開示していってほしいです。
ここでそんなことを言われても困ります。
危険でなかったと言ってなくても、現時点で危険じゃないと思ってるから危険じゃなかった時の私の責任の取り方を聞いたんじゃないんですか?
そうであるならそう思う根拠とか基準とか何でもいいので聞きたいです。
いつぞやの投稿で、「車での移動中、線量が高い場所では息を止めて逃げる。」との記載があったと思います。
①避難区域(あるいはその周辺)以外での ②車による移動中で ③息を止める行為 で、有意差が出るとは思いません。
http://www.d-style.biz/weblog/9858/
この記事のことですね。
(笑)がついてる文章をそのまま受け取られるとは思いませんでした。
聞きたいのは私のおかしい防御策への指摘ではなく、あなたが危険じゃないと思う根拠です。
>自分の言動には責任持ちますよ。
と言ってる中で、ウソとも冗談とも書いてない文章に、「そのまま受け取られるとは思いませんでした。」と言われても(笑)
>そうであるならそう思う根拠とか基準とか何でもいいので聞きたいです。
あなたが自分で言っている「あなたのおかしな防御策」が危険じゃないと思い、「何でもいいから聞きたい」と言われたので書きました。
私が危険じゃないと思うこと
低線量の被ばくについての影響を明確に示しているデーターが無い(私が調べた範囲) 可能性だけではタバコやお酒でも同じだと思っています。
勤務医時代、3年半ほどデジタル設備より、線量の多いアナログ下の環境で、放射線管理区域外で日常的に被ばくしてましたが、現在いたって元気であります。(実体験)
身内の医療従事者(医師)はガラスバッジによる月の被ばく線量が毎回規定量を超えていると言っていますが、20年以上同じような環境下ですが、現在いたって元気であります。(本人から直接聞いた話)
当医院、年間のべ1万人の受診者がおりますが、「放射線の影響で口腔内に異常が起きている」といった訴えは0人であります。
以上のようなことから、低線量での被ばくの影響は私の生活環境下では危険性は低いと考えております。
>自分の言動には責任持ちますよ。
>と言ってる中で、ウソとも冗談とも書いてない文章に、「そのまま受け取られるとは思いませんでした。」と言われても(笑)
うぅむ、言われてみればそれは確かにそうですね。
どう解釈されるかわからないので以後気をつけます。
危険じゃないと思う点についてもたくさん挙げていただいてありがとうございました。
内部被曝についてはどうなのかなど、もっとお聞きしたいこともありますがキリがないので今度お会いした時にでもゆっくりお話聞かせてください。
私の方こそ間違った認識や知らない事実があると思います。その時は宜しくお願いします。